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1994/12/28 Wed.
- まだ仮免とれてないぜー。
- プロテクトがウイルスだったら恐いな。
>>つまり、ソフトを実行する度にCOMとかEXEに感染して、
ソフト実行後、マスター・ディスクが治す。
1995/1/2 Sun.
- 高校の現国の教科書を読んだ。
久々に読んだらなんだかよく理解できた。
- 中学の時は部活をするべきではなかった。
高校には行くべきではなかった。
- djccはイカス。リニア・ドレッシングが最高。
- 虎だ、虎になるのだ山月記。
- 俺は三年全開で走ったあと、
一年休むタイプなのかも知れない。イカンなぁ。
1995/1/27 (Fri.)
- 3段階の路上教習はどうもうまくゆかない。
「あぶないだろー!!」「何を考えてるんだ」
「運転するのやめな」等、きっつーいお言葉が帰ってくる。
- どうも全ての動作が遅いようだ。
これで歳を取ったらさらに動作が遅くなるのだから、
免許は取らない方がよいのではないか
(とはいえ、就職その他のためには必ず必要なのだ、トホホホ)。
- きっつーいお言葉をもらうのは久しぶりなので、
泣きたくなる(泣きたいのは向こうもおなじだ)。
ダメだなぁ、俺、小学校のときから成長しとらんわ。
たかが運転免許ぐらいで泣くなよ、と思うが、ダメだ。
どーもウルウルしてしまう。精神があまりにも弱い。
めちゃめちゃ弱気だったのだ、わたしは。
- 果たして、この脆弱な精神は一体全体どこに原因があるのか。
- 1.家庭で過保護な育てられ方をした。
- 2.学校で過保護な育てられ方をした:
小学校の頃から,放課後に残されて注意される事が多く、
すっかり自分が変わり者で、問題児で、
明るい太陽の元で生きて行くのは不適当で、
角の方で、地味にしているべきだ、
と思い込んでしまった。
- 3.四年間の大学生活で、
すっかり何事にも臆病になってしまった。
- もっと突き放して欲しかったのは事実だ。
もっと不自由であったなら、自分はもっと考えただろう。
不運なことだ。もっと人を信じなければ、
もっとしたたかにに生活していただろう。
もっと頭が悪ければ、自分は何も考えずに、
何者かの言いなりとなれただろう。
もっと柔軟な思考がもてたなら、
自分の表情はもっと多彩だっただろう。
もっと・・・・いや、もうやめよう、きりがない。
- いま、この日記の意味がわかった。
この日記はセラピーのようなものだ。
自分の状態をひたすら書き残し、
未来の自分にカウンセリングしてもらうのだ。なんだか変。
- あー、すっきりした。
- すっきりしたが、死について考えてみよう。
- なぜ、ポジティヴな人たちは他人に
「生きよ」と進めるんだろうか。
僧侶(仏教)は「生きよ」と進めると同時に「極楽」「あの世」と
いった死後の世界を示す。つまり、
「生きていて、ダメでもまぁ、あの世でやり直せるから、
現世でどんな悪い事があろうと、気にするなよ。」と、
きわめて明るい人生観を示している。
現世が虚ろな物である、と悟りきれない者が、
極めてネガティヴな思考をするのであるならば、
私は何を根拠に現世が虚ろな物でない、
と信じ込んでいるのであろうか。
- ネガティヴな思考をする人間は、
現世のあまりの辛さに疲れ果てていながら、
なおも現世のみの価値観で生き、
現世に生きている。そんな世界に生きている時間内に
何か報われたい、何か良い事がないか、と考えている。
それならば、「死にたい」という思考は、
今すぐ、楽になりたい、
という「現世的価値観」を「あの世」で実現したい、
というきわめて矛盾した考えであると言える。
- では、実現しちゃったばあい、どうなっちゃうんだろう。
私はこう考える。「必ず楽になる」。
これは自殺の肯定ではない。
自殺と老衰による死の違いはなんだろうか、
と考えれば、普通の中学生の自殺が正しい自殺でないことが
明らかになる。
自殺は「あいつがいじめるから苦しい」等の理由で現世から離れる。
老衰死は「体の機能が衰えて、息をするのもくるしい」
という理由で現世から離れる。正しい死とは、
生きている間に自分の行く「あの世」がどこであるか、
見きわめて初めて実現できると考えられる。
「あの世」は、生体機能を停止しなければ旅立てないわけではない。
学校辞めても、夜逃げしてでも、転職してでも行く事ができるのだ。
あの世は実は身近にあるのだ。
- まぁ、どこかでは5時ですからね。という言葉は実に仏教的だ。
1995/2/27 Mon.
- ついに、普通自動車運転免許を手にいれた!!!。
やったー、ながいみちのりだったなぁ。
- <今日のポエムのコーナー(新設)>
- 俺がビッグになったら、
- 俺が大嫌いだったあいつはどう思うんだろう。
- あいつは俺に振り向くだろうか、見直すだろうか。
- あるいはなんとも思わないだろうか、
さげすんだ目で見るだろうか。
- 驚くのは一瞬だし、後悔するのは一生だ。
- でも、たいした影響はないかもな。
- ただ、あいつ自身にちょっとアホが寄生して、
隙をうかがうだけだから。
1995/3/21 Tue.
- 動物園は残酷なところだ。
檻の中なんて広大な大自然から比べれば、
掌ぐらいの大きさしかない。
動物達はいった毎日なにをして暇をつぶしてるのかなー。
- だって見せ物小屋だしーなー、
動物園って、そこで家族が休日を楽しんでるんだぜー、
ちょっと不思議。
1995/3/22 Wed.
- OウムS理教が強制捜索をうけた。
東京で起こった拉致事件についての捜索らしい。
でも、本当はサリン事件との接点を捜索しているにちがいない。
- OウムS理教は旧ソ連から毒ガス探知機とか、
軍用ヘリ(でも武装はしてない)、
大量のアセトニトリル等の薬品類、と、
なにやら怪しげなものを持っていた。
これはもしかして、
毒ガスによる日本征服を考えていたのか・・・・・?
- やだなぁ、ヘリからガス散布されたら、
何人の日とが死ぬのかなぁ、そいでもって、
入信者がふやすつもりだったんだぜー。
- しかし、AさはらSょうこうの歌はわらえる。
いきなし「わーたーしーはー、やってなー、
けぇぇっぱくだぁー。」ですぜ。大笑いだ。
1995/3/31 Fri.
- J祐(OウムS理教の広報部長)がTVにたくさん出てしゃべる。
疑惑を振り払おうと必死であるが、
あれって単にオウムのCMだと思う。
- しかし、Oウムの言葉って冷たく金属的だ。
そしてどこか子供っぽい。
終末思想を真顔で自分達の弁護に使うあたりが、
最高に子供っぽい。
さらに超科学とか超能力とか出てくるとイヤーンな感じ。
まぁ煩悩の固まりの僕にはちーとも理解できない。
- 朝まで生TVの討論をみていると、
J祐は、学会でベテラン研究者からいぢめられてる
若手研究者みたいだ(公開取り調べともいう)。
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Aapr.15 1996 by kiyohito@oki.fc.u-tokai.ac.jp