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1995/7/1 Sat.
- 今日から7月ッス。
そろそろ大学院の試験の勉強をしなくちゃいけません。
一夜漬けはダメみたいですから。英語も恐いなぁ。
1995/7/7 Fri.
- いやぁ、僕はあのメンバーの中では割とローテクな人で、
お金をかけて超音波やっても、自分はなにもやらず、
ボケーっとしていて、結局納期をまもれない、
コストパフォーマンスが低い人間だからね。
ちょっぴり自分が情けなくて、居心地が悪くなっただけ
いや、その理由は30%としてだな、ちょうど研究室を選ぶ頃、
「俺はいったい、大学にはいって何がやりたかったんだろーなー」
と考えることがあってね。バンドもまだ物足りないしー、
ゲームもまだつくってないしー、
同人誌つくってコミケにも出てないしー(笑)、
いろいろあったわけよ。
べつに大学でなくてもよかったんですけどね。
でも、一年寝てたら、留年してしまいましてね。
いざ、何かやろう、と思ってもすこしタイミングが悪かったんです。
まー、三年ぐらい寝てても、人生80年もあるし、
なんとかなるよ、と思ったわけよ。
- Wたぬき氏はMusicQuest東部大会までいったらしい。
くやしー。なんであんな曲が・・・・・・・・・。
1995/7/11 Thu.
- そんな歌じゃなぁ、いじめられっこは救えねえんだよ。
1995/8/2 Wed.
- いつのまにか8月です。ああ、なんてはやいんだ。
- 沼津夏祭は、自分のバンドより、
他のバンドのほうがおもしろかったでしゅ。
1995/8/6 Sun.
- 昼過ぎにS田氏とH氏がやってきて、学校へ行く。
スタートレックのビデオを渡して、
また来週。見るの大変だろうなぁ、12時間だぜ。
- 昼過ぎに電話があって祖父が倒れたという知らせが入る。
修善寺の病院に入院しているというので、顔を見せに行く。
からだの左半分が麻痺してたが、意識ははっきりしていて、
思ったよりも元気だった。多分リハビリで歩けるようにはなると思う。
- でも、私自身、かなりブルーになったのも確かだ。
あれだけ元気で、田んぼや、畑で仕事していたひとが、
今、ここに半身麻痺で横たわって、
孫と取り留めもない世間話をしているのだ。
それはそれでほほえましく、幸せな光景なのだけれど、
自分にとっては時間の経過の残酷さを、これでもか、
と見せつける儀式のような気がして、切ない気持ちになった。
話す事もなくなって、帰ろうとするときが、凄く辛かった。
ああ、自分はどうしたらいいんだろう、と。
結局10~15分ぐらいしか話さなかったけれど。
- 帰りの電車のなかで、もしかして、人間っていうのは、
こういう体験を何世代も重ねているのではないのかなぁ、
と思った。辛い思いや、楽しい体験、
幸せと不幸せの時間を通り過ぎつつ、次の生命を生み出す。
そう考えると、人間の命って、重くて尊いものなだなぁ。
- そんな風に考えさせられたのは、
病院で治療を受けているたくさんの患者さんを見たせいもある。
ほとんどが70~80才ぐらいの老人で、
そんな人たちが押しつぶされそうな静寂のなかで、
ベッドに横たわっている。なんだか、
たくさんの人柱が横たわっているようだった。
- 病院の人たちも大変そうだ。人手は足りないし、
ベッドの数も足りないようだった。ああ、高齢化社会とはいえ、
もっと活力がほしいねぇ。
- あの、
重苦しい静寂が支配する空間で人生の最後を迎えるのだとしたら、
これは悲劇だ。自分の家で死にたい人が多い理由が、
いま、今日、やっとのことで分かった。
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Aapr.15 1996 by kiyohito@oki.fc.u-tokai.ac.jp